心カフェ/人の日火木

心のカフェ/人の日火木

未来は自分たちのなかにある

心カフェは、年齢・学歴・肩書き・立場… その境界線を超えた場を通じて育んでいく場です。

未来は自分たちのなかにある

心カフェは、年齢・学歴・肩書き・立場… その境界線を超えた場を通じて育んでいく場です。

心カフェ/人の日火木

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未来は自分たちのなかにある

心カフェは、年齢・学歴・肩書き・立場… その境界線を超えた場を通じて育んでいく場です。

未来は自分たちのなかにある

心カフェは、年齢・学歴・肩書き・立場… その境界線を超えた場を通じて育んでいく場です。

About

脳教育に閉じ込められ、追い立てられて、何のために生きているのかを見失ってしまった若者と、それを取り囲む大人たち。

脳の中だけの競争、分かるかどうかの世界に翻弄され、その意味や価値を感じられなくなっている若者たち。それが“脳のつくった境界線”のなせる業だと気がつくまでに、貴重なエネルギーと時間を使い果たしてしまったことはないでしょうか。

もしもそんな方がいれば、少しでも見失いかけた夢、人として生きる意味・価値を ― 夢や野望として ― その人の心の叫びを取り戻すチャンスとして、脳から一度離れ、〈心カフェ〉で “心の人” に出会ってみませんか。何か発見があるかもしれません。
いや、それどころか、「自分はこんなもの」と諦めかけていた未来に、新たな仲間を見つけ、大きな希望の光が差し込んでくるかもしれません。

この時代に“心”を求めていくことは、ある種の冒険です。「脳だらけ」の海に、心を探して飛び込む無謀な試み。断崖絶壁から飛び降りるようなもの。サーカスなら見たいけれど、人生を賭けることでは毛頭ない……そう思いませんか。

実は、そうなのです。ワクワクするような野望を抱き、一人だけでなく、老いも若きも手を取り合い、10年後・30年後の世界を見据える試み。それが〈心カフェ〉です。
些細なことから始めてみませんか。まずは〈心カフェ〉なるものを、そっと覗いてみるところから。

もしかすると、それが自分にとっての大きなきっかけとなり、2〜3年後には、地域社会のうねりになっているかもしれません。

About

脳教育に閉じ込められ、追い立てられて、何のために生きているのかを見失ってしまった若者と、それを取り囲む大人たち。

脳の中だけの競争、分かるかどうかの世界に翻弄され、その意味や価値を感じられなくなっている若者たち。それが“脳のつくった境界線”のなせる業だと気がつくまでに、貴重なエネルギーと時間を使い果たしてしまったことはないでしょうか。

もしもそんな方がいれば、少しでも見失いかけた夢、人として生きる意味・価値を ― 夢や野望として ― その人の心の叫びを取り戻すチャンスとして、脳から一度離れ、〈心カフェ〉で “心の人” に出会ってみませんか。何か発見があるかもしれません。
いや、それどころか、「自分はこんなもの」と諦めかけていた未来に、新たな仲間を見つけ、大きな希望の光が差し込んでくるかもしれません。

この時代に“心”を求めていくことは、ある種の冒険です。「脳だらけ」の海に、心を探して飛び込む無謀な試み。断崖絶壁から飛び降りるようなもの。サーカスなら見たいけれど、人生を賭けることでは毛頭ない……そう思いませんか。

実は、そうなのです。ワクワクするような野望を抱き、一人だけでなく、老いも若きも手を取り合い、10年後・30年後の世界を見据える試み。それが〈心カフェ〉です。
些細なことから始めてみませんか。まずは〈心カフェ〉なるものを、そっと覗いてみるところから。

もしかすると、それが自分にとっての大きなきっかけとなり、2〜3年後には、地域社会のうねりになっているかもしれません。

脳社会
今の社会は、一言で言えば「頭」社会と言っていい。
そんなことはない。機械社会あるいはコンピューター社会、いや、もうAI社会に入っているという人もいるかもしれない。

たしかに、そうだ。

しかし、それを支えてきたのは機械やコンピューターでは、断然ない。

人の「脳」であり、「脳の教育」のなせる業だ。
「脳の教育」無くして、なしえない。

そのための親の投資・努力、そして子の頑張り・努力は、歴史上に例を見ないだろう。

人類のこのような教育が、古今東西をいわず当たり前になった時代は、ほかにはあるまい。のちにこの時代が「資本主義」とか「民主主義」よりも、「教育主義」と呼ばれるようになるのではなかろうか。

いや、この時代を「教育主義」と言うようでは、本質を見抜いていない。
「脳本主義」あるいは「脳主主義」と振り返られるのではなかろうか。

脳を支える正体

では、この「教育」に人類を挙げて「脳」へと走らせたのは何ものだろうか。

一般的な人間の回答では、脳は「人体」が動かしているという。

しかし、人体はそんなことに血祭りを上げるのだろうか。
ここで冷静になって「脳は何ものに動かされているのか」を問うてみた。
「宇宙の始まりが、人類(もちろん脳も)を今も<一元の動き>が動かしている」と30数年前に言い始め、今もなお言い続けている人がいる。
その方は、日本で30年以上活動しているノ・ジェス氏。韓国人でありながら、世界でもっとも日本を愛し理解していると言っている。
では宇宙の始まり、一元の動きが、どうやって人の脳まで伝わるのか。それについてもノジェス氏は日本の地で解き明かしている。
それを一言で言えば、源泉の動き・一元の動きが、人の場合、心の動きになって、十数段階を経て脳に伝わり、模様・形へ。さらに言葉・文字として伝えられる。

境界線を持ち込んだ脳
脳社会、教育社会は、模様・形がある社会。境界線がある社会。
それに対して、脳社会以前の心社会には、模様・形がない。境界線がない。

その境界線が有る・無しが、本質的に脳と心では異なる。
言い変えれば、脳を持つ生物は、この世に境界線を持ち込んだ。

脳を持つことで、心にはなかった幸不幸を作り、戦争を造り、もしかすると、病気まで持ち込んでいないだろうか。境界線を持ち込んだ犯人である脳が病気を持ち込んだ、どこでも病院!!で幸せを振りまこうとしたと疑っている。

「じゃあ、どうしたらいいのでしょうか???」

その提案がわたしにはあります。
それが、このホームページなのです!!!

だれでも、どこでもドア❣
「『脳の世界から出る❣』ってどんなことだろうか」と思ってここまであなたは読み進めていたら、

「なんだ、<心カフェ>の提案か?もっと、ワクワクすることか」と、もしいま思ったのならば・・・・。

そして
「そんなことなら、すぐにできるわ」と思った方は
そう、もう、<心カフェ>の経営者の資格ありです。

心の世界には、境界線がない。脳の世界とは違います、
「心の世界」は、どこでも、出ていくことができます。
どこでもドアです。それが経営者の大事な資格です。

①お申込みは、お問い合わせページよりご連絡ください
②参加条件は、だれでも参加することができます
③カフェで話す内容は、決まりはなしです。心のままに自由に!な場を予定しています

Shiro’s Journal

profile

城 雄二

1941年、東京生まれ。幼少期に三重県津市での空襲、そして広島での原爆投下直後の惨状を目の当たりにする。4歳にして生死の境を彷徨った強烈な戦争体験が、その後の人生を貫く「平和への問い」の原点となった。
広島大学へ進学し、「争いのない世の中を創りたい」という一心で理学を専攻。広島大学教授として研究に没頭するも、既存の学問体系だけでは根本的な人間の争いは解決できないという事実に直面し、51歳で大学教授の職を辞す決意をする。
その後、私財を投じて共同体生活を開始、その後55歳に農業に従事し「人と作物の共活」農法を見出すも、真に人が調和する「心の共同体」のあり方へ模索を重ねた。 79歳の時、ノジェス氏の提唱する『1元の動きだけがある』心の仕組み/技術に出会い、長年追い求めた恒久平和への鍵をそこに見出す。
現在84歳。「心カフェ」を拠点に、一人ひとりの心から始まる真の共同体を世界へ広げるべく、精力的に活動を続けている。

profile

城 雄二
1941年、東京生まれ。幼少期に三重県津市での空襲、そして広島での原爆投下直後の惨状を目の当たりにする。4歳にして生死の境を彷徨った強烈な戦争体験が、その後の人生を貫く「平和への問い」の原点となった。
広島大学へ進学し、「争いのない世の中を創りたい」という一心で理学を専攻。広島大学教授として研究に没頭するも、既存の学問体系だけでは根本的な人間の争いは解決できないという事実に直面し、51歳で大学教授の職を辞す決意をする。
その後、私財を投じて共同体生活を開始、その後55歳に農業に従事し「人と作物の共活」農法を見出すも、真に人が調和する「心の共同体」のあり方へ模索を重ねた。 79歳の時、ノジェス氏の提唱する『1元の動きだけがある』心の仕組み/技術に出会い、長年追い求めた恒久平和への鍵をそこに見出す。
現在84歳。「心カフェ」を拠点に、一人ひとりの心から始まる真の共同体を世界へ広げるべく、精力的に活動を続けている。